平成19年10月19日
東京都千代田区四番町5−3
科学技術振興機構(JST)
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URL http://www.jst.go.jp/
ウイルスに由来する遺伝子導入ベクターは、難治性の脳神経疾患に対する遺伝子治療において有益な実験技術を提供しています。特に、ヒト免疫不全症ウイルスI型(HIV-1)をもとにした自己不活化型レンチウイルスベクターは、神経細胞への感染効率が高く、長期間にわたって遺伝子発現を維持できる点で優れており、動物モデルを用いたさまざまな遺伝子治療の実験に広く利用されてきました。
いくつかのウイルスベクターは、神経細胞の終末部位から取り込まれ、遠方の細胞体に輸送される逆行性輸送を示すことが知られています(図1)。ベクターの逆行性輸送は、パーキンソン病や運動ニューロン疾患などの脳神経疾患に対する遺伝子治療に有用と考えられています。パーキンソン病は、中脳に存在する黒質(緻密部)に細胞体を持ち、線条体に連絡するドーパミン神経が変性・脱落する運動疾患です(図2)。このため、ドーパミン神経の終末のある線条体にベクターを注入し、逆行性輸送によって、脳深部に存在する細胞体へ遺伝子導入をすることが有効です。また、運動ニューロン疾患の場合は、運動ニューロンの終末が局在する筋肉にベクターを注入し、逆行性輸送を介して脊髄の細胞体に遺伝子導入を行うのが有益です。
ウイルスベクターの逆行性輸送には、ベクターの外皮に存在する糖たんぱく質の種類が関係すると考えられています(図3)。従来のHIV-1を元に構築したウイルスベクターでは、水泡性口内炎ウイルス(vesicular
stomatitis
virus)に由来する糖たんぱく質(VSV-G)を利用しており、逆行性輸送の効率は極度に低いことが知られています。一方、狂犬病ウイルス(rabies
virus)は神経終末より感染し、逆行性に伝播することが知られており、この性質には狂犬病ウイルスの糖たんぱく質(RV-G)が重要な役割を持つことが示唆されています。そこで我々の研究グループは、HIV-1ベクターの糖たんぱく質をRV-Gに置換した改良型ベクターを作製し、脳内で高い逆行性輸送効率を示すベクターの開発に取り組みました。
RV-Gを有する改良型のHIV-1由来ベクターを従来のVSV-Gを有するベクターと比較するために、マウスおよびサルの脳内(線条体)にそれぞれ2種類のベクターを注入し、その後の遺伝子の発現パターンを解析しました。今回は、導入遺伝子として緑色蛍光たんぱく質(GFP)(注6)を利用しています。マウス線条体に注入した場合、従来型ベクターではほとんど逆行性の輸送を示しませんでしたが、改良型ベクターでは線条体に投射する多くの脳領域(大脳皮質、視床、腹側中脳など)に存在する神経細胞体への逆行性輸送が起こり、それらの領域で遺伝子の発現を誘導しました(図4)。また、サルの線条体へ注入した場合にも、従来のベクターに比較して、改良型ベクターは黒質―線条体系ドーパミン神経細胞における遺伝子発現を顕著に向上させました。(図5)。これらの結果は、RV-Gを有する改良型のベクターを利用することにより、げっ歯類および霊長類の脳内において逆行性輸送を介して高い遺伝子導入効率が得られることを示しています。
今回の実験では、導入遺伝子としてGFPを用いてRV-G改良型ベクターが脳内において高頻度の逆行性輸送を示すことを明らかにしました。今後、導入遺伝子をドーパミン神経や運動神経の細胞死を抑制する、あるいは、細胞の生存を促進する活性を持つ遺伝子に変換する実験を計画しています。これらの有用遺伝子を持つベクターを病態モデルに注入することによって、標的の細胞で目的の遺伝子の発現を誘導することができると考えています。
また、本研究で開発した新規ベクターは、今後、さまざまな脳神経疾患の遺伝子治療に有用なアプローチを提供することが期待されます。
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注1)遺伝子導入ベクター:特定の遺伝子を細胞内へ導入するためのDNA領域。遺伝子治療実験においては、一般的に、ヒト細胞への導入効率の高い哺乳類のウイルスがベクターとして利用されている。
注2)自己不活化型レンチウイルスベクター:レンチウイルスは、RNAをゲノムに持つウイルスの一種で、ヒト免疫不全症ウイルスI型もこれに含まれる。遺伝子治療実験に利用されるベクターは、ウイルスの複製に関与する領域を欠損しており、自己不活化型のベクター系を利用する。
注3)糖たんぱく質:ウイルスの外皮(エンベロープ)を構成するたんぱく質。ウイルスの種類によって構造が異なり、宿主細胞との相互作用に関与する。
注4)線条体:運動制御に関与する脳領域。大脳皮質の多くの領野、視床の一部、中脳の黒質(緻密部)などの領域から入力を受ける。
注5)ドーパミン神経細胞:神経伝達物質としてドーパミンを含有する神経細胞。黒質(緻密部)に細胞体が局在し、線条体へ軸索を投射するドーパミン神経は、黒質―線条体系と呼ばれ、パーキンソン病で変性・脱落することが知られている。
注6)緑色蛍光たんぱく質(GFP):オワンクラゲ由来のたんぱく質で、緑色の蛍光を発する。遺伝子発現のマーカーとして広く利用される。
"Efficient gene transfer via retrograde transport in rodent and primate
brains using a human immunodeficiency virus type 1-based vector pseudotyped with
rabies virus
glycoprotein."
(狂犬病ウイルス糖たんぱく質を有するHIV-1由来のベクターを利用してげっ歯類および霊長類の脳内において逆行性輸送により高頻度に遺伝子導入を行う技術)
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。
| 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) | |
| 研究領域: | 「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」 (研究統括:津本忠治(独)理化学研究所 脳科学総合研究センター ユニットリーダー) |
| 研究課題名: | 「ドーパミンによる行動の発達と発現機構」 |
| 研究代表者: | 小林和人(福島県立医科大学医学部附属生体情報伝達研究所 教授) |
| 研究期間: | 平成17年度〜平成22年度 |
福島県立医科大学 医学部附属生体情報伝達研究所 生体機能研究部門
〒960-1295
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小林 和人(こばやし かずと)
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独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
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瀬谷 元秀(せや もとひで)
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